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| はじめにお読みください |  病 歴  |  プロフィール |

2004年(42歳)

マヤが転移性肝臓癌になった当時、まだインターネットが普及して
間もないころでしたが、その頃の国立がんセンターのサイトには、
症例ごとの5年生存率などが掲載されていました。

そこで、マヤの症例を調べると、
「肝臓に複数個の転移・再発があって5年生存した例はない」と
書かれていました。
やっぱりそうか、、、と思う反面、じゃあ、私がその最初の例になる!
という自信もありました。

ガンが完治したのは、私の場合は、腕の良いS先生の手術と、
ハスミワクチンのおかげ。それと、環境が変わり、ストレスがなくなったこと
などではないかと思っています。
ストレスは、すべての病の原因とも言えますが、特にガンやUCの場合、
ストレスの影響はとても大きいような気がします。


それから、「イワシの頭も信心から」と言われるように、思い込みも大事。
マヤの場合、ハスミワクチンを自分で注射しながら、そのたびに、
「あぁ~、これでまた寿命が5日延びた。。。」
と強くイメージしていました。
というか、実際に、そう確信していたのです。
別にハスミワクチンでなくても、自分が心から信じられるものなら、
何でも良いのです。

逆に、「まだ悪くならないんだよね」、、、みたいなこと言う人いますが、
それは、悪くなることを願っていることになり、
その願いが叶ってしまいます。

マイナスの波動を発すると、マイナスの現象が起こるので(類は友を呼ぶ)、
絶対マイナスなことは考えない、寄せ付けないように、頭カラッポにして、
お笑い番組見て笑いましょう♪


あと、マヤは、自分の好きなことに没頭しました。
それができた環境には、本当に感謝です。

寝込んでいても起きていても、痛いのには変わりない時なんかは、
起きて、パソコンに没頭したりして、
とにかく、病気のことは考えないようにしました。


それに、ノー天気なマヤの場合、死ぬなんてこと、さっぱり現実味を
おびて考えられない性格。入院生活もまた楽し♪って感じだったのが、
よかったのかもしれません。

実際、入院生活は、日常では経験できない、非現実の世界で、
何もかもが初めての体験で、超エキサイティング♪
戦友(闘病仲間)もできて、楽しかったです。
入院慣れしすぎちゃって、病院が第2の故郷みたいにも思えたり(笑)


なんだかんだと言っても、結局は、まだ寿命があったんですね。
人は、病気では死ぬのではなくて、寿命で死ぬんだそうです。
どうやら、マヤの場合は、人生修業、そして、この世での役目が
まだ残っていたようなので、寿命が尽きるまで頑張り続けます。


大学病院の窓は、少ししか開かないようになっていました。
なぜなら、頭が入らない幅になっているんだそうです。

ところが、がんセンターの窓は全開できるタイプの普通の窓。
私のオペの日にも上の階から人が降ってきて、窓際でそれを
目撃した人がパニックになっていました。
でも、よくあることなんだそうです。。。

ガンで死の宣告をされたとして、どうして、わざわざ自分から
死ななければいけないのでしょう?黙っていても死ねるのに。

人間、早かれ遅かれ必ず死ぬんだし、ガンみたいに覚悟して
身辺整理して死ねる病気はいいよね、と、マヤはそう思って、
運命に身をゆだねてきました。

死がすべての終わりだと思ってしまうと絶望的になりますが、
魂は不滅、来世へのステップアップのための学びだと思うと
この世に不幸はないんだなと思えます。
苦労すればしただけ、魂のレベルは向上しますから。


何だか最後はスピリチュアルな話になってしまいましたが
ここまで長い文章にお付き合いくださった方には、
心より感謝いたします。

あなたとあなたのまわりの大切な方達、そして人類すべてに
平和と幸せと健康がもたらされますことをお祈りしています。

本当に、ありがとうございました。


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2004年(42歳)

ストーマクローズから3年が経ち、薬は、ロペミンカプセルと
アドソルビン・タンナルビン・ビオフェルミンの散剤だけに
なっていました。

そんなある日の通院のとき、S先生がマヤの顔を見るなり、
「どうしようかな。。」と言いました。

今度の移動で、本州の病院勤務になるということでした。
道内ならどこへでも追っかけようと思っていましたが、
さすがに飛行機に乗って通院というのは、キビシイ、、、
(でも、最悪の場合は行きますが!)

ということで、一応、薬は家の近くの病院で出してもらう
ようにと、紹介状を書いてくれました。

そのころは、マヤも引っ越しをしていて、がんセンターからは、
遠い所に住んでいたので、S先生がいなくなったのでは、
わざわざ高い交通費かけて通う意味がないので。。


それで、近くの病院にかかるようになったのですが、
「薬だけ」というのは出してもらえないそうで、必ず診察も
しなくてはいけないというのです。
ところが、あり得ない程に、待ち時間が長い病院で。。。

がんセンターでのS先生の診察は、無駄なことを
しゃべらないので、友人のIさんと時間を計りっこしたら、
マヤは、ほとんど30秒診療^^;
なので、かなり混んでいても、意外とすぐに終わったので、
それはそれで良かったのですが、、、

近くの病院は、たいして混んでいないにもかかわらず
なぜか、異常に時間がかかる。。。

特に、中待合室に呼ばれてから、1時間くらいは
軽く待たされるので、中待合で待っている人たちは
みんな超イライラ状態。
で、お互い目が合った瞬間に、それが爆発して、
「なんでこんなに待たされるんでしょうねぇ~!」と
すっかりお友達になってしまい、そこでみんなで
さんざん文句を言いまくって、それが、診察室にも
モロ聞こえなわけで、先生は謝ってくれるのですが、、^^;

それが、3回くらい続いたので、マヤもいい加減
通院に嫌気がさして、薬もビオフェルミンしか飲んで
いなかったし、これを機会に病院と縁を切ろうと決意しました。

※ロペミンは、ずっと1日2カプセル飲み続けていましたが
めまいがひどくなってきて、ロペミンの副作用なのかどうかは
不明でしたが、飲むのをやめてみたところ、良くなりました。
ロペミンを飲んでも飲まなくても、同じ程度の下痢だったので、
それなら、飲まない方がいいのでので、やめました。


ただ、特定疾患の受給者証だけは、もらっておいた方が
いいかと思って、そのために通院していたわけなのですが、
そちらの方も、自分よりずっと若い保健婦さんの指導が、
なんというか、、、プライベートにかかわることばかり
聞かれるし、病気のことは、自分の方が詳しいし、、、

また入院でもすることになったら、それは、そのときに
考えればいいや、ってことで、こちらも縁を切る決意を
しました。


内科のN先生は亡くなってしまわれ、S先生は遠くへ
行ってしまって、まるで、マヤの病気を治したら
もうお役目すんだからサヨナラ、みたいな感じ。。。

ストーマクローズのときもそうだったけど、
自分でどうこうしようと、あくせく考えなくても、
その時が来たら、自然と運命の流れみたいなものに
流されていくんだな、と思いました。


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2001年(39歳)

ストーマクローズしてからしばらくは、とにかくトイレ通いが大変で、
フラフラの状態でしたが、時間の経過とともに、腸液が変化してソフトに
なったのか、肛門周囲の皮膚が強くなったのか、、半年も経つと、
ずいぶん楽になってきました。

人間の体の順応力というのは、本当に凄いと感心してしまいます。

それに、食べたらすぐに出ていたのが、だんだんと吸収能力が
上がったのか、それとも単に年齢的に代謝が悪くなったのか
両方のような気がするけど、とにかく太ってきました。必要以上に^^;

それは、まあ、良かったのですが、1つ気になることが、、、、

どうも、膣から便が出ているような感じなのです。

便といっても、相変わらず水様便なので、尿取りパットをあてて
いたわけですが、お風呂上がりなど、漏れていないはずの時に、
肛門より前の方に、黄色い液体がつくのです。

量もわずかだし、微妙なところなので、なんとも判断しかねて
もしかしたら気のせいかな?とも思ったのですが、、、
でも、やっぱり、どうも間違いないという感じだったので、
S先生に言って、造影検査(バリウム)をすることになりました。


下痢なので浣腸しなくても大丈夫だね、ということで、
例によって、何の前処理もなしに、検査室へ。
それでも、万一のために、看護婦さんが洗浄液の用意を
してくれていましたが、そのころは、マヤは、シャワートイレの水を
肛門に入れて腸洗浄する方法を会得していたので、
肛門切開のオペの時とは違って、ばっちりキレイな腸内でした。

それにしても、内科のN先生と外科のS先生だけは、
注腸バリウムにしても大腸ファイバーにしても、まったく痛みはないし、
必要最小限のほんの少しの量の空気とバリウムしか使わないから
「え?もう終りですか?」と、物足りないくらいの超ラクな検査。
それが当たり前と思っていたけど、他の先生にやってもらったら
私の肛門の筋肉は変形しているせいなのか、細いせいなのか
とにかく痛くて入らない。
先生の腕によって、こんなに違うものかと驚きでした。
ガンが見つかった時も、看護婦さんの浣腸が痛くて入らなかったのに
N先生の内視鏡はまったく無痛で入ったのが、いまだに不思議。。


それはさておき、、、

造影検査の結果、やはり小腸と膣はつながっていました。

それでも、穴はとても小さくて、圧をかけたときに少しもれる程度
なので、「様子を見ましょう」、ということになりました。

もし、膣にバイ菌が入って炎症などが頻繁に起こるようなら、
またストーマ(人工肛門)に戻して、穴が自然にふさがるのを待つという
やり方もあるようですが、その方法では、いつまでもふさがらないことも
多いようです。
外科的に手術をしてふさぐというのは、かなり難度の高い手術のようで
でも、S先生ならできると思うのですが、、、

いずれにしても、やっとストーマクローズ後のトイレ地獄が落ち着いた
というのに、この期におよんで、またストーマに戻すなんてとんでもないし、
もう、手術も嫌なので、マヤ的にはこのままでいいと思っています。

それでも心配だったので、膣が炎症を起こしそうになったときのために、
使い切りタイプのりビデ(蒸留水入り)を2ダース購入して準備したのですが、
結局、トイレのウォッシュレットで、肛門の方へ水を入れると、それが
膣の方へも入って、洗浄になるので、炎症を起こしたことはなく、
せっかく買ったビデも古くなったので、全部捨てちゃいました。

シャワートイレの水は、膣には直接入っていかないので、
肛門経由で膣を洗浄というのも、なんとも微妙な感じですが、、、、
でも、それをやるようになってからは、生理も、以前なら
終わりの頃は古い血がたまって臭いがきつくなったのですが、
今は、毎日何回も洗浄しているので、古い血もたまらず
生理も早く終わるようになったので、それは良かったかも。


※2009年現在、ろう孔は、多少小さくなったような、ならないような・・・
体調によって、ガス(おなら)が膣からもれることは、たまにありますが、
便は、水様便ではなく泥状なので、もれることはないようです。


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2001年(39歳)

細くなった肛門を切開してもらってからは、便もスムーズに出るようになり、
腹痛はすっかりなくなりました。

ところが、今度は肛門痛が。。。。。

なんせ、昼夜問わず、約2時間ごとにトイレ通い。
しかも、未消化の緑っぽい腸液が出てくるので、とても刺激が強く、
タラっと一滴漏れてきただけで、めっちゃ痛くて耐えられず、
速攻でトイレに行って、洗浄しなくてはならないのです。

おかげで肛門周囲は、その腸液に消化されるんじゃないかと思うほどに
真っ赤にただれてしまいました。

夜、寝ている時も、「タラっと攻撃」が来て、痛くて目が覚めるので、
ほとんど寝られず、毎日フラフラの状態。
どんな時でも寝れるのが自慢のマヤでしたが、とうとう睡眠薬を出して
もらって、それで何とか寝られるようになりました。

眠剤を飲んだら、夜中に便が漏れて大変になるんじゃないかと心配
だったので、ちょっと躊躇したのですが、でも、それほど強力な薬では
なかったので(リスミー錠)、トイレに行く時はちゃんと目が覚めて、
起きた後、またすぐに寝られたので、良かったです。


それにしても、大腸がないと、食べたものがアッと言う間に出てくる
のには驚きました。
ある時は、お昼ごはんにソバを食べて、食べ終わってトイレに行ったら
もう、未消化のソバが原型のままたくさん出てきて、便器いっぱいに
浮いていたのにはビックリ。

大腸がないわけだから、下痢止めの薬で治まる下痢ではないし、
「時間薬」というわけで、時間がたって体が慣れるのを待つしかないので、
あとは自宅で療養ということで、フラフラな状態だったけど、
退院することなりました。

退院の日の朝、もう一人の主治医のT先生が回診に来た時、
「マヤさん、だんだん、やつれてきたんじゃない?」って、、、
退院する日に、そんなこと言われるっていうのも、珍しいよなぁ。。。


素人考えでは、切開して肛門を拡げても、またその傷が治ったら
狭くなっちゃうような気がしたけど、そんなことはない、とS先生は
おっしゃったのですが、、、

T先生は、せっかく拡げたのがまた狭くならないようにということで、
定期的に指ブジーをしてくれました。
(肛門に指をグリグリ突っ込んで拡げるんです・・・@@;)

それがもう、痛いのなんのって・・・(T0T)

外来でも、ブジーされたときは、診察室から、
「痛いーーー!!!」と、マヤの絶叫がそこらじゅうに響き渡って、
中待合室で待っていた他の患者さんたちがビビったかもしれません^^;

そして、ナント、その指ブジーを、
「家で、自分でもやるようにしてください」って、、、
そんなの絶対ムリ。。。(泣)
一応、1~2回試みまてみましたが、、、
やっぱ出来っこないよぉ~~~
で、、、やめました。。。

それでもまあ、つまることもなく、今日まで無事に過ごしています。


●ストーマクローズ当時飲んでいた薬

【下痢止め】
・ロペミン(腸の運動を強力におさえる)
・アドソルビン(消化管用吸着剤)
・タンナルビン(止瀉剤)
・ビオフェルミン(乳酸菌)
・ブスコパン錠(鎮痙剤)
・フェロベリンA(止瀉・整腸剤)
・リン酸コデイン10倍散(麻薬系:鎮咳、鎮痛、激しい下痢症状の改善)

【肛門痛】
・ボラザG軟膏(非ステロイド)
・ネリプロクト軟膏(ステロイド)
・アズノール軟膏(非ステロイド)

※ステロイド系は、最初の数日はよく効くのですが、
しばらくたつと、逆に痛さが倍増する感じでした。
非ステロイド系の薬もほとんど効果がなく、結局
薬屋さんで買った小太郎漢方の紫雲膏(しうんこう)が
一番効果ありました。

【その他】
・リスミー錠(睡眠誘導剤)

これでもかってくらいに、ありとあらゆる下痢止めを処方して
もらっていたので、いつも薬局で、薬剤師さんに驚かれて、
そのたびに、「大腸が無いので~」と説明する必要がありました。
それでも、「下痢が止まったらすぐに中止してくださいね!」
と言われましたが、、、下痢は、そう簡単には止まりませんでした。

※薬は、半年後には、
・ロペミン・アドソルビン・タンナルビン・ビオフェルミンだけになり、
3年半後に、すべての薬と通院をやめることができました。


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