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1996年(34歳)

手術後、全身麻酔から覚めた後は、ものすごく頭が痛くて、
吐き気もひどく、口の中も痰がからまるような感じで
最悪に具合が悪かったです。
(2回目の手術の時は、麻酔の薬をかえてくれたので
吐き気などは、ずいぶん楽でした)

今回の手術では、痔瘻(じろう)も一緒に手術してもらったので、
お尻やらお腹やら、どこもかしこも痛くて本当に大変だったし。

それにしても外科って、本当にスパルタ式。
だって、大腸全摘という大手術の次の日から、歩かせるなんて、
普通に考えたら、ありえないよぉ~;;
担当医なんて、マヤの顔見るたびに「歩け♪歩け♪」って、
楽しそうに言うし。
歩くことによって、回復が早まるし、イレウス(腸閉塞)や癒着も
防ぐ効果があるらしいんだけどね。。

手術の次の日は、まずは、尿管を止めて、オシッコを我慢する
練習をして、問題なければ、管をはずしてトイレへ。
マヤのいた回復室からトイレまでが、これまた遠かった。
しかも、なぜかいつも、使用中なのです。。

85歳くらいの高齢のおじいちゃんが、いつもそのトイレを使って
いたのですが、めっちゃ元気そうで、何の手術したの?っていうか、
その歳で手術しなくてもいいんじゃない?みたいな^^;

それでマヤは、いつもトイレの外で待たされることになるのですが、
立っているのがつらいので、看護師さんがイスを持ってきてくれて
座って待っていました。

おじいちゃんが、やっと出てくれて、マヤは便座に座ったのですが、
その途端、目の前が真っ白になり、急激な吐き気が!!
手探りでやっとナースコールを押して、看護師さんを呼びました。

看護師さんは、すぐに飛んできてくれて、白衣のポケットから
ビニール袋を取り出し、そこへゲロを吐くマヤ。。。
どうやら貧血を起こしたようです。

吐いてる最中に、もう一人別の看護師さんも、来てくれて、
ロックされていたスライド式のドアを、無理やりこじ開けて、
入ってきてくれました。
それにしても、看護師さんのポケットって、いつもビニール袋が
入っているんですね。ホント、助かりました。


そんなことがあった次の日からは、部屋に簡易トイレを置いて
もらえるようになり、ずいぶん楽になりましたが、、、
それで歩く練習が足りなかったせいなのか、どうなのか、、、

日に日に回復していくはずが、逆に、日を追うごとに
お腹の痛さが増してきたのです。
マヤが、部屋の簡易トイレで真っ青になって苦しんでいたら、
ベテランの看護師さんがたまたま部屋に入ってきて、
「そんなに痛かったっけ?」と、言われ、
「もしかして!」ということになり、レントゲンを撮ったところ、
やはり、イレウス(腸閉塞)でした。

内臓というのは、もともと空気に触れるようにはできて
いないので、長時間の手術で空気に触れた場合は、
高確率でイレウスになるのだそうです。


それで、例によって、記憶のなくなる痛み止めの薬を使って
造影しながら、イレウスチューブを鼻から入れる処置をしました。

マヤは、何よりも、この鼻から管を入れるのが、大っ嫌いなので
いっそのこと、麻酔で寝てる状態で入れてと頼んだのですが、
起きている時じゃないと、管は入っていかないんだとか。


そこから、地獄の鼻管生活がはじまりました。
普通のチューブでも嫌なのに、イレウスのチューブは、
ひとまわりサイズが太くて、すっごい存在感があるのです。

しゃべるときは、鼻の奥にあたって刺激されて気持ち悪くなるから
いつも、チューブを手で持って、あたらないようにしてましたが、
それが、何日も何日も続くわけなので、すんごいストレスで、
もう、発狂もんでした。。

それでも、そのチューブが十二指腸まで届いて、ちゃんと機能して、
溜まったガスなどを引けるのならまだしも、実は、チューブの先が
胃でたごまさっていて、出てくるのは胃液だけという有り様。

ところが、チューブを入れたのが刺激となったのか、
突如として腸が活動をはじめて、どんどん便がパウチにたまるようになり、
急に楽になったのです。
こんな刺激で腸が活動を始めるのなら、もしかしたら、
カイロでお腹温めても活動してくれたかも。。。


ガスと液状の便がどんどん出てきて、パウチ(人工肛門の袋)が
はちきれそうになるくらいなんだから、もう鼻管はいらないでしょ。
「とにかく、一刻も早く、チューブ抜いて~!」と、お願いしても、
「もし、イレウスチューブを抜いたら、また腸の活動がとまるかも
しれないから」とか言って、なかなか抜いてもらえなかったのです。
こういうところが、いかにも大学病院っぽくて嫌だったな。
上の先生の許可がないと、勝手なことできないって感じで。


そんな状態だったり、ストーマ(人工肛門)の処置の練習などもあり
1か月くらい個室に入れてもらって、ベッドもエアーマットレスを
入れてくれたので、寝たきりでも床ずれなしで、ありがたかったです。
当時、潰瘍性大腸炎は、特定疾患の公費全額医療負担だったので、
入院費用もかからなかったし。

その後、大部屋に戻ってからは、あまりのベッドの固さに耐えられず、
毛布以外に、掛け布団をもらって、それを敷き布団として使わせて
もらいました。マヤは、尾てい骨が出ているので、固いベットだと
骨が痛くなるのです。


それにしても、このころはマヤも、まだ今みたいに根性すわって
いなかったので、精神的にも肉体的にも、ボロボロの状態でした。
まだまだ手術初心者(?)だったので、どのくらいの痛さなら
我慢するべきなのか、とかがわからず、いちいち看護師さんを
呼んでいたので、けっこうウルサイ患者だったと反省してマス。。

その後、オペを重ね、ベテラン患者になるとともに、次第に
辛抱強く、たくましい患者へと変貌していくマヤなのでした(笑)

次は、肝臓転移へと続きます。


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