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潰瘍性大腸炎悪化で全大腸炎型となる

1987年(26歳)

それにしても、このころのマヤの通院は、相当いい加減でした。

一応、薬はもらいに行って診察してもらっていたけれど
先生に「どうですか?」と聞かれたら、
「変わりないです」と答えるだけ。
たまに答えを変えた方がいいかな、と思って、
「いいです」と適当にウソ言ってみたり。

「変わりないです」というのも、状態が良いという意味ではなくて、
相変わらず、粘血便が出て回数も5回くらいはトイレに行ってて、
いつもしぶり腹だったけど、まあ、そんなもんです、っていう意味。

明らかに血便なのに、いちいち検便検査してくれるので、
なるべく血のついてないようなところを選んで採取するというのが、
マヤのやりくちでした。。。意味ないですね。。
(親身になってくれているN先生に申し訳なかったです。反省。。)

良いふりしても、何も得られるものはないんだけど、
悪いと言ったところで、治してもらえるわけでもないので、
先生を困らせても仕方ないので、そんなことしていたのかなぁ。。
今なら、自分のありのままをさらけ出せるけど、
当時は、まだ若かったから、自分を良く見せたいというような
気持も働いていたのかもしれません。


とにかく、いつまで経っても、さっぱり症状は良くならないし、
薬と縁の切れない生活にも、徐々に嫌気がさしてきていました。
それで、、、
「もし、薬(ステロイド)を飲まなかったら、どこまで悪化するのか、
死んでもいいから試してみよう、、、」
と、ほとんどすてばちで、実験してみました。

実験結果は、、、、、

どこまでも、どこまでも、、、果てしなく、悪化しました。。。


ある程度以上は、悪化しないんじゃないかとタカをくくって
いたんだけど、さすが、相手は難病ですね。
本当に、もう、どうしようもないくらいに悪化していくのです。

そんな状態で、ものすごく体調が悪くて、
「もう死んでもいいや・・・」なんて、本気で考えていたとき、
それまで音楽が流れていたFMラジオが、突然、ザーザーと
雑音になり、混線したようになって、声が流れてきました。

ザーザーの中から、どうにか聞き取れた声は、
「親より先に、、死んだら、、、親が悲しむ、、、」
と、言っていたようです。

そのとき、ハッと気がつきまいた。
自分だけの命じゃないって。
そうだ、親を悲しませてはいけないんだよね。

それにしても、この雑音、最初は、タクシーの無線が混線
したのかな?とも思ったのですが、、、どう考えても不思議。
あれは絶対、目に見えない、守って下さっている方からの
メッセージに違いない!と、今では確信しています。


そのメッセージを聞いて我に帰り、病院へ行って検査したところ
今までは下行結腸だけだった炎症が、横行結腸~上行結腸にまで、
つまり、大腸全体に広がってしまっているとのことでした。
検査時にステロイド注腸をして、後は、プレドニン増量です。
先生からは、「どうして、もっと早く来なかったの」と。。。

病院へ行くことによって、精神的にも、本当に楽になりました。
N先生も看護婦さんも、とても親身になってくれる良い方だったので、
「もう、一人で我慢しなくてもいいんだ」という気持ちになり、
それだけでも、安心して泣けてきました。

自分一人で生きているつもりでも、人間って、たくさんの人や
目に見えないパワーにも守られて、生かされているのですね。


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