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大腸全摘・ストーマ(人工肛門)造設手術

1996年(34歳)

大学病院への入院予約から、約1ヵ月半。
忘れたころにやっと連絡が来て、入院となりました。

その間、プロポリスなどを飲みまくり、もしかして
癌が消失もしくは縮小してるんじゃ?なんて、はかない希望を
抱いたりしていましたが、、、品質の悪いプロポリスを飲んで、
逆に、胃の具合悪くなっただけでした。。


大学病院へ入院後の、大腸ファイバー(内視鏡検査)では、
UCのガン合併ということで、内科の学生なのか研修医なのか
わかりませんが、検査室には、ズラ~っとたくさんの人たちが
所狭しと並んで、見学していました。

ところが、N先生のところでは、何の苦痛もなく入った内視鏡が
このときは全然入っていかず、ものすごく痛くて、出血するばかり。

マヤは「痛い!痛い!」と騒ぎまくるし、検査をしていた先生は
焦りまくりで、ベテランの先生に交代。
それでも入らずに、細い内視鏡に変えたそうです。
(痛み止めの薬のせいで、このあたりから記憶がまったくない)

マヤは、腸の状態が映し出されている映像を、この目でしっかり
確認したかったので、横向きの体勢で頑張って見ていたのに、
全然記憶がないのです。。。;;

痛み止めの点滴を打ちながらの検査だったのですが、
あの点滴を打つと、検査中の記憶がまったくなくなってしまう
ということが、後から何度か同じ経験をして、わかりました。
気づいたら、いつの間にか検査が終わり、自分のベッドで寝ていて、
なぜか床頭台の引き出しが全開になってたりして、驚いたことも。


さて、検査の結果ですが、、、
直腸に3つほどのガンがあるということ。
ギリギリで肛門は残せる位置だけれど、肛門付近の筋肉が変形
しているため(長年の炎症のせい?)、どうしようか考えています、と、
執刀医のS先生が言っていました。

そのことを、お見舞いに来て下さった内科のN先生に伝えたら、
「やっぱり永久人工肛門になるんだね・・・」と解釈されましたが、
そうではなく、どのように吻合しようかということでした。


執刀医のS先生は、とても腕の立つ先生で、S先生との出会いは
本当に奇跡としか思えません。

術式は、直腸粘膜切除・回腸嚢肛門吻合術(IAA)というもので、
大腸を全摘出、直腸は粘膜をすべて切除。
そして、回腸(小腸の末端の部分)を2つ折りにして、直腸のかわりに
便をためる袋(Jポーチ)を作り、肛門につなげるという手術です。

かなり高度な手術らしく、当時は兵庫医大などの、UC専門の病院
でしかできないと思われていて、北海道からわざわざ兵庫医大まで
手術を受けに行った人もいるということを、後で知りました。

当時の北海道で、この手術ができるS先生に出会っていなかったら、
マヤは、間違いなく永久人工肛門になっていたでしょう。
それか、ガンで死んでいたかのどちらかでしょうね。。


手術は、リンパ節も切除したため、9時間ほどかかりました。
麻酔から覚めかけて、朦朧としているマヤに、外科の先生が、
「マヤさーん!N先生が来てくださっているよー」と、
叫んでいたのを覚えています。

N先生は、開業医なのに、わざわざ紹介して下さった後まで
心配して、お見舞いに来て下さったリ、手術日にまで来て下さって
本当に、感謝しています。お見舞いの時には、大江健三郎の
「恢復する家族」という本を持ってきて下さって、その内容は、
病気を認め、受け入れ、そして癒される気持になるものでした。

元気になったら、ご挨拶に伺おうと思っているうちに、、、
N先生は、私より先に、肺がんで亡くなられてしまいました。。。
運命って、本当に皮肉なものです。。。


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