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女子大生になり関節炎悪化

1982年(20歳)

大学受験も、めでたく希望大学に合格することができ、
晴れて、憧れの女子大生になりました。
親元を離れての自炊生活がスタートです。

最初の1年間くらいは、何もかもが新鮮♪
自炊することも楽しくて、あれこれ真面目に作っていたのですが、
2年目になり、生活に慣れてくると、食事の方は、すっかり
手抜きになってきました。
今でこそ、サプリメントおたくですが、当時はそんな便利なものも
なかったので、栄養が偏り、体調を崩すハメに陥りました。

なんせ、冷蔵庫には、ビールとチーズしか入ってないという、
まったく食生活には無頓着だったので、体調崩して当然です。
(別に酒好きじゃないんですけどね。何だったんだろう。。。)
とにかく、自分が難病患者だという意識がなかったんですね。

恵命我神散(けいめいがしんさん=漢方薬)だけは、
大学に入っても飲んでいたのですが、当時4~5千円の金額が、
一人暮らしの学生には、だんだんと負担になってきて、
ついにそれも、やめてしまいました。


そんな生活をしていて、まずあらわれた症状は、関節痛でした。
大腸の具合は、特に悪化した様子もなかったので、
潰瘍性大腸炎とは関係のない関節痛だと思って、
近所の整形外科に、友達が連れて行ってくれました。

自炊仲間の友達は、足が痛くて買い物にも行けない私のために、
食事を作って持ってきてくれたりして、本当にありがたかったです。


でも結局、整形外科では原因がわからず、湿布をくれただけ。
自分でも、「もしかして成長痛かも?」なんて、都合良く考えていましたが、
とにかく歩けないほどの痛さで、どうしようもなかったので、
以前の主治医のO先生に電話したところ、すぐに入院させてくれました。
4年間も入院していた懐かしの病院です。

入院してみたら、当時の友達(腎臓病)も入院していたりして、
聞けば、けっこうみんな、出たり入ったりしているということで、
マヤだけじゃなかったんだ、、と知って、少しだけ気が楽に。

マヤは、UCの悪化ということは認めたくなかったのですが、
入院してから、ほどなく、腸の具合も悪くなってきて、
やはり、潰瘍性大腸炎の合併症の関節炎だったようです。。

その時点で、O先生から、
「半年休学しなさい」
と言われ、マヤは目の前が真っ暗に。。。


ところが、マヤの場合、ステロイドにとてもよく反応するので
プレドニンを飲んだら、すぐに症状が治まりました。

休学と言われて暗くなっているマヤを見て、O先生は、
「長期入院させたら精神的にまいってしまって、
逆に、病気の回復に悪影響が出るかもしれない」
と、結局、半年の休学はやめて、1ヶ月程度の入院で
退院させてくれました。

ステロイドもまだ切れていなくて、しばらくはムーンフェイスでしたが、
その後、比較的すぐに、ステロイドはやめることができました。

それからは、食生活に気をつけるようになり、栄養学的なことも
勉強したりして、きちんとした食事を取るようになったところ、
それまでは、たまにしかなかった生理もすっかり順調になったり、
かなり健康的な生活を送るようになりました。


その後、大学卒業までは、部活にも打ち込み、とても充実した日々、
好きなことをやって、ストレスもなく、良い友人にも恵めれ、
今思えば、人生で最高の時だったように思います。

ただ、相変わらず下痢や血便は慢性的にあり、疲れた時などは
便器が真っ赤になることもありましたが、部活の合宿なども普通に
参加できたし、ステロイドは飲まなくても、サラゾピリンだけでどうにか
やっていけていました。


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